赤ピーマン同盟

 うわきものと優等生と真っ赤なピーマンのお話

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 紺屋さんはオレのこと「まるでライオンみたいだ」とかいう。
 別にオレがだらっと長いキンパツにしてるとかそんなんじゃないぜ。つか、いまどきそんなんダサすぎでしょ。ありえないっしょ。オレがそんな髪型してたら、友達も彼女もいなくなるって。
 だから髪型の話じゃない。
 紺屋さん的にはオレは生態がライオンに似てる、らしい。
 ライオンの生態とかよく知んないんですけどーって言ったら、眼鏡の奥でめをぱちくりさせて「知らないの?」って、信じらんないって顔された。ああいうとこ、ムシンケーだよな。自分が知ってることは他人も当たり前に知ってるって、普通に思ってんだもん。オレが紺屋さんほど勉強できないってわかってるはずなのにさ。
 ため息をついて、トントンと階段を駆け上がる。
 誰かが置き忘れたゾーキンに足をひっかけ、こけそうになりながらも三階にとーちゃく。ポケットに手を入れてローカの端を目指して歩くと、気の早い吹奏楽部がプープー音だししてんのが聞こえてくる。屋上は演劇部の根城、地学室は地学部が生物室には生物部がいて、その他の空き教室では吹奏楽部がナニサマって態度で練習してやがる。廊下と階段はグラウンドが使えない熱血運動部の練習場所。
 なわけで、放課後の教室は部活動に占領されてる状態。適当に帰宅部をつらぬいてるオレには、部活なんてかんけーないけど。このうるさいのはどうにかして欲しい。放課後時間つぶそうかなと思っても、ウチの学校で一番人数が多い吹奏楽部のせいでまともに空いてる部屋がねぇ。
 そんな危機的に平和が足りない放課後の教室で、部活による占領をまぬがれてる場所を発見したのはオレ的に奇跡だと思う。
 そこがここ。
 特別教室棟の三階の東端にひっそりとたたずむ、第二美術室。隣の第一美術室は美術部の領土だけど、第二のほうにはだれもいない。オレは毎日、タイクツな授業がおわるとここへきて紺屋さんをまつことにしてる。別にまっててくれとかいわれたわけじゃないけど、なんとなく。
 すべりの悪い引き戸を開けて中に入る。もちろん中は無人。いつもの席にちかづいて机に手をおくと、ぬるっとした感触があった。ゲッと思ったときにはもう遅い。どこのバカか知らないけど、机にたれた絵の具を放っておいたヤツのせいで、オレの手のひらにべったり茶色の絵の具がはりついた。
 サイアクだ。
 どこにも触んないように注意しながら鞄を下ろし、窓際の水道までいく。勢いよく出した水に手をさらして何度もこすると、茶色い絵の具はすぐにおちた。いちおう洗い残しがないのを確かめてから、服で手をふく。ざっと水気がなくなったあとで、そういやこういうことすると紺屋さん怒るんだよなと思った。
 まいっか、見られてねぇし。
 なんでも適当なオレは肩をすくめて、鞄を取るといつもの席の隣にすわった。紺屋さんはオレと違ってマジメだから、ぬれた手を服でぬぐっちゃだめだとかたまにいう。オカンかよって言いたいときもあるけど、なんでか紺屋さんに言われると素直にうなずいちゃうオレがいたりして。なんでなんだろうな? 紺屋さんに猛獣使いのカンがあるとか? オレは自分が猛獣だとかそんなサムイこと考えないけど、紺屋さんはオレのことをライオンだと思ってるからさ。ほら、オレとライオンの生態が似てるって話。
 どこが似てんのって聞いたわけよそしたら……。
 なんだっけな、あれ。そう、あれだって。うーんと、プライド。プライドとかいうのがないと、死んじゃいそうなとこが似てるって。
 プライドってなに? ってきいたら、ハーレムみたいなものだって言ってた。
 オレはいつでも彼女がなんにんもいるけど、ハーレムはないでしょ。ハーレムとか言われるとエロオヤジがひらひらした服の若い女の子なんにんも囲い込んでる図が思い浮かぶんですけど。オレそこまでひどくないぜ。
 彼女がなんにんもいんのは、新しい彼女ができても前の彼女と別れるのがメンドーなだけ。別れんのってホントメンドーなんだよね。相手から言われんのはいんだけど、オレからだとスゲェ文句言われっし。だから、一度にひとりじゃなくてもいっかって思ってさ、付き合ってる相手もそれでいいよって言う相手だけにしてるし。
 それなのに、ハーレムってひどくない?
 あっ、そだ。断っとくけど、紺屋さんはオレの彼女じゃないからね。紺屋さんとオレは赤ピーマン同盟。
 なんで赤ピーマン同盟かっていうと……。
 あ、紺屋さんきた。
 オレは入り口の影に手をふる。
 紺屋さんはそんなことにはまったく気づかずに、いつもどおりの真っ黒でみじかめな髪に、紺色の細いフレームの眼鏡姿でご登場。制服もかんぺきにマジメな着こなしで、上履きにしっかり名前まで書いてあんの。これぞ、○×高校女子生徒の見本っつって校長室の前にでも飾っときたいような模範っぷり。部屋に入ってきた紺屋さんはスケッチブックを机におくと、オレに「おはよう」といった。
 オハヨッて紺屋さん、もう放課後だし。オレら同じクラスじゃん。そりゃ、教室では目もあわんけど、オハヨウには遅すぎね? そんなこと思ったけど、口にはしない。紺屋さんに睨まれんの怖いしぃー。代わりに「オハヨッ」と手をふって答える。紺屋さんはそれにまじめにうなずいて、ガッコ指定の鞄から赤ピーマンだした。
 いつみてもつやっつやのピカピカなピーマン。そういや紺屋さんの赤ピーマンがしなびてんのみたことねぇな。蛍光灯の下で赤ピーマンはつるりと光る。デコボコの表面は張りがあって色があざやかで濃い。ちんまりのこってる茎の緑との対比がきれいで、パッとみはうまそう。オレはピーマン、きれいだと思うわけよ。ツヤピカぶりとか、なんか金属光沢につうじるモンがあんじゃん? カボチャのマットな緑も嫌いじゃねぇんだけど、ピーマンはリョクオウショク野菜のなかでも目立つ美人だよな。かじるとマズイけど。
 紺屋さんは赤ピーマンを手の上でくるっと回してから机の上におく。そっから距離をとってくびかしげたりしながらイスにすわって、スケッチブックひらくのが習慣。なにするかっていや、絵描くんだよね。
 赤ピーマンの絵。
 なんで赤ピーマン? って思うだろ。最初はさ、美術の授業の課題だったんだよなたしか、教科書に載ってる絵をひとつ選んで模写しろとかいうかったるい課題でさぁ。偶然紺屋さんとオレが選んだのが、赤ピーマンが真ん中にある絵でさ。そんときなんでか知らんが美術のオサダが赤ピーマンもってるっつうんで、まじめな紺屋さんがそれ借りてピーマン描くため放課後に第二美術室にきたんだよ。そんときオレはここでヒマしてて、なんとなくピーマン描いてる紺屋さんに話しかけたりして、それからなんとなくここでふたりしてダラダラすることになったわけ。
 だから、オレと紺屋さんは赤ピーマン同盟。略して赤ぴ。
 模写の授業はもう終わってんだけど、紺屋さんはピーマンにこだわっててさ、自分でモデルのピーマンもってきてここで絵、描いてんの。
 紺屋さんてマジでカンペキ主義者なんだよなぁ。
 まあ、絵はヘタなんだけど。
 眼鏡かけた目でじっとピーマン睨んで、いざスケッチブックに線引くとぜんぜん似ないんだよな。あれはもうさ、いっそ才能じゃねぇかと思う似なさぶり。どっかのシラガオヤジが描いた、ゲルニカだかゲロニカだかっつう公園の落書きみてぇなのが教科書に載ってたけど。紺屋さんの絵はあれなみにヘタなかんじ。
 いまもまじめな顔してピーマン描いてるけど、できあがんのはガキのお絵かきレベルなんだぜ。前に、なんでそんなにマジメなのに絵がヘタなのかきいたら「真面目なのと絵の上手下手は関係ない」って睨まれた。絵がヘタなのコンプレックスらしいよ。でもさ、紺屋さん見てると思うんだけど、練習すりゃうまくなるってウソだよな。だって紺屋さんこんなマジメに練習してっけど、ぜんぜんピーマンうまくなんねぇもん。まっ、オレは見てんのおもしろいから、うまくなんなくてもいんだけど。
 紺屋さんはちょっとエンピツ動かすとすぐムッとした顔になって消しゴムをつかう。ちからまかせにゴシゴシやるんで、紙がざらざらになってため息つくこと三回。
 オレはいつもの席よりひとつ近いとこからそれをながめて、そろそろやめたらとか思うけど、やっぱりおもしろいんで言わなかった。

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「紺屋さんてさ、あきらめわるいよねー」
 磯山は唐突に話し掛けて来た。こいつが唐突なのはいつものことだけど、人が集中してる時に話し掛けるのはよして欲しい。小さくため息を吐きながら消しゴムを動かす。紙の上を覆う濃い鉛筆の痕跡に、消しゴムの表面がするりと滑って黒い痕が広がる。思わず口の中で小さく舌打ち。汚れた紙を怨みの目で見下ろして作業を中断した。
 くつろいだと言えば聞こえがいいが、実質だらっとした体勢で椅子に座っているライオン男を振り返る。
「磯山君。なにか文句があるの?」
「いーえ、まったく。これっぽっちも」
 磯山は無抵抗を示すジェスチャーでそう言った。その言葉に納得したわけじゃないけれど、構うのも面倒で視線をそらす。すると磯山はすぐさまだらっと机に突っ伏す体勢に戻った。
 磯山はライオンに似ている。
 生態の全てが似ているというわけではないけれど、雌を侍らして食事を持ってこさせる辺りはそっくりだ。勿論、磯山は獅子には成れないだろう。獰猛さとは無縁の生き方をしているし、そんな物の持ち合わせも無いに違いない。
 だから、厳密に言えば似ていると思うのは私の勝手な思い込みで、事実とは言えない。だけど、似ている。
 私はそんな彼を興味深い生き物だと思っていた。
 私と彼はクラスメイトだ。
 地味で目立たない私に対し、磯山はやることなすことみんな派手。笑い声は大きいし、女子に人気があって何人もの彼女を侍らしたりしてるし、告白とやらもよくされるらしい。軽くてよく冗談を言うから男子からも好かれてる。
 運動は苦手、勉強も絶望的。ただ、不思議な事に企画力と統率力はある。文化祭なんかの行事の運営をさせると、驚くほどの計画性と、周囲をその気にさせるカリスマぶりを発揮する。
 本人が面倒くさがりで、滅多に行事に参加しないから宝の持ち腐れだが。
 ともかく磯山は派手で、他人の中心に居る事の多い人間だ。
 私みたいに、部屋の隅っこで本を読んでいれば平穏な人間とは対照的。通常なら何の接点もなく、同じクラスに居てもまったく違う道を歩いてるかの様に、話もせずに一年間を終えるはずだった。
 それがいまでは毎日放課後にここで話をする仲になるとは。
 面白い事もある物だ。
 私は改めて磯山をまじまじと眺めた。
 視線に気づいて、彼がこちらを見る。
「なに? 紺屋さん」
「ううん、なんでも。ところで、磯山君。その後、プライドに変更はあった?」
 鉛筆を置いて尋ねると、彼はぐっと伸びをして首を傾げた。
「別にー。変わってないよ。現在三人。つかさ、紺屋さん。オレってそんなに彼女とっかえひっかえしてないよ。オレんことなんだと思ってんの?」
「ライオン」
 即答すると、磯山が口角を下げた情け無い顔をした。
「でたー、紺屋さんのライオン発言。つうか、オレライオンじゃないしぃー」
「だって、磯山君、複数の彼女に貢がせてるじゃない。雌に餌取らせて食べるだけの雄ライオンと一緒でしょ?」
「それって、オレんことヒモって言ってる? ヒモじゃないよ、オレ」
「ヒモっていうより、若いツバメ」
 年上のお姉さまに可愛がられ、ピイピイ鳴いてると餌が来るという、幸せな立場だ。
 だが、磯山にはその言葉が理解出来なかったようだ。
「ツバメ? なに? 今度はツバメなの、紺屋さん」
「磯山君、若いツバメの意味も知らないの?」
 思わず呆れ顔で見てしまってから、そう言えばこいつは、ライオンの生態も知らなかったのだったと思い出す。
「うわっ、紺屋さんその顔、オレんことバカにしてんでしょ」
「うん。してる」
 ヒデェヒデェと喚きたてる磯山を無視し、私は鉛筆を持ち直すと赤ピーマンをじっと見つめる作業に戻った。
 その日は磯山が煩かった事もあって、絵は全くはかどらなかった。

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 教室にスケッチブックを置きに行き、磯山と二人で昇降口へ向かう。
 時刻は六時半。まあ、それなりの時間だ。
 校舎が静になるまで第二美術室に居座ってから、二人で帰るのが習慣になった。二人で帰ると言っても、会話はほとんどしない。
 靴箱に上履きを押し込み、焦げ茶色のローファーを履く。磯山は少し離れた場所でスニーカーの踵を踏んづけてガラス戸から外を見ていた。
 私はちらりとそれを見るが、声はかけない。
 ゆっくりと入り口の扉に向かうと、磯山は無言のまま少し離れたところを歩く。距離にして五歩。それはいわば暗黙の了解だった。やましいことがあるわけではないが、どちらともこの関係が噂話の的になることを嫌っていた。
 私と磯山は赤ピーマン同盟だ。
 友人でもないし、ましてや恋人などでは絶対にない。けれど他人は曲解する。私も磯山もそれを知っているからか、第二美術室の外ではほとんど挨拶さえしない。
 近くに人が居ないのを見て、磯山が正面を向いたまま声をかけてきた。
「ねえ、紺屋さん。海鮮おこげ食いに行かない?」
 私も真っ直ぐ前を向いたまま答える。
「磯山君、それは前に食べに行った店の海鮮おこげ?」
「そっ、あれうまかったっしょ」
 私は呆れの余り思わず磯山に顔を向けて文句を言いそうになった。まあ、磯山の言う海鮮おこげが美味しかったことは認めてやろう。だが、彼の言う「海鮮おこげ」にはおまけがつくのだ。
「美味しかったけど。あそこ値段高いでしょ」
「気にしないでよ、紺屋さん。おごりだからさぁ」
「あんたのおごりじゃないけどね」
 小さく呟いてため息を吐く。前に同じ流れで食事の約束をしたときは、青い高級車に乗った磯山の彼女が迎えに来た。私はこいつとこいつの彼女と三人でテーブルを囲み、会計は私の分まで磯山の彼女が支払ったのだ。磯山が自分の分を彼女に支払わせるのはまだいいが、私の分まで払わせるのは酷いだろう。
 私の常識的な主張に万事適当な磯山は笑って言う。
「ダイジョブだって。全然気にしてないからさぁ」
「あんたの意見は聞いてない」
 このお気楽さ、この無神経さ。だからお前はライオンだというのだ。
 呆れて目を閉じる。磯山と私は価値観という部分では相容れない。
 私と磯山を区切る五歩の距離。
 こうして磯山と話をしながら思うことがある。いま、私は彼とこうして話をしているけれど、それは学校という囲い、第二美術室と赤ピーマンという奇妙な繋がりがあるからであって、私達はすぐ側に居てもいつでも違う所を歩いているんだと思う。
 五歩を隔てて、私が進む先と磯山が行く先は全然違うのだ。。
 価値観も方向も違う、お互いの人生。
 わざわざ他人の様に振舞わなくても、私達の人生が重ならない事はどちらも理解している。私達は約束をする関係では無いし、そうしたいとも思わない。
 お互いに高校という狭い場所で、偶然側にいるだけなのだ。
 第二美術室が、私と磯山の人生が重なる場所。
 まあ、高校卒業くらいまでは、付き合ってやらない事もない。だが、さすがにその先は勘弁して貰いたい。磯山のライオンじみた奔放な人生に付き合うには、私は平穏を愛しすぎている。
 いつか彼のライオン的生態に同意する、大変心の広い人物が現れ、彼と並列する場所を歩んだりするんだろう。磯山の事だ、それが一人とは限らないが、幸せな並走者が現れることを祈っている。
 出来るだけ遠くから。
 そんな風に、お互いの関係について改めて考えていた私の耳に、懲りることを知らない磯山の声が響いた。
「なー、紺屋さん。海鮮おこげ食いに行こうよ」
「行かない」
 磯山、どうでもいいから、私の隣を歩いている時は、もうちょっと常識に近い所を進め。
 私は互いを隔てる五歩の距離を見た。
 見た目はただの五歩の距離だが、心理的にはマリアナ海溝より深い溝がある。
「磯山君、私達は友人ではなし、ましてや恋人でもない」
「うん。赤ピーマン同盟」
「そう。赤ピーマン。だから、残念だけど行けない」
「なにそれ、どういう理由なの」
「そういう理由」
 鞄の中の赤ピーマンを取り出し、それを眺めながら告げる。
 磯山はしばらく文句を言っていたが、私は全て聞き流した。


 私と彼の接点。
 放課後の第二美術室と、赤ピーマン。

赤ピーマン同盟